Flick:AI で映画を作る制作環境として $6M を集めた YC F25 スタートアップ
2026-06-09

AI で動画を作るツールは、この 1〜2 年で急に増えた。テキストを入れると数秒後にクリップが出てくる。最初は驚くが、使い込むと同じ壁にぶつかる。2 ショット目でキャラクターの顔が変わる。カメラの動きが繋がらない。画風がシーン間でばらつく。作り手の意図をツールに渡す手段がない。
その壁に正面から向き合っているのが、San Francisco の Flick だ。公式サイトのトップには "We handle AI. You direct stories." と書かれている。Flick はクリップを自動生成するのではなく、映画監督の思考プロセスを受け取る場所を作ろうとしている。2025 年秋に Y Combinator の F25 バッチを卒業した。2026 年 5 月には True Ventures、GV、Lightspeed ほかから $6M のシードを調達した。
1. 「8 秒のクリップ」と「映画を作ること」の間にある壁
Flick の共同創業者 Zoey Zhang は、2013 年から映画制作を続けてきた映画作家だ。2022 年に AI フィルムメイキングへ移り、2025 年 2 月の MIT AI Film Hack で Best Visual Award を受賞。30 以上の国際映画祭で受賞・ノミネートされた実績を持つ。共同創業者の Ray Wang は Instagram Stories の初期版を作ったエンジニアで、2 年で 4 億 DAU を超える規模に携わった。
YC の Launch 投稿で、Flick は問題をこう定義している。「既存の AI ツールは 8 秒のカジュアルなクリップは作れる。だが、一貫したキャラクター、映画的な美学、非線形な意思決定、カメラ言語、感情の弧を扱えない」。
映画を作るとき、監督の思考は直線ではない。シーン 3 を考えながら冒頭のショットが気になり、キャラクターの顔を確定してから光の設計に戻る。参照したい映画のシーン、使いたいロケーションのイメージ、書きかけの台詞、試した画風のプリセット。これらが頭の中で絡まりながら、少しずつ作品の形になっていく。Flick は、この非線形な制作プロセスをツールのインターフェースとして実装しようとしている。
参考: Flick: Figma + Cursor, for AI Filmmaking(YC Launch)
2. キャンバス上に脚本、キャラクター、ショットを置く
Flick の自己定義は「Figma + Cursor, for AI Filmmaking」だ。Figma 的な非線形キャンバスで制作物を置き、Cursor 的な AI との共同作業で生成・編集を進める。この 2 つを映画制作のために設計し直したプロダクト、という意味になる。
中心にあるのは Infinite Canvas と Chat だ。テキスト、画像、動画をノード(節点)として置き、それらを接続する。脚本・キャラクター・シーン・ショット・参照の 5 つが、それぞれ制作の主役として扱われる。
この設計が重要なのは、生成後の編集動線にある。AI で映像を生成すると、すぐ問題が出る。
- 2 ショット目で顔や衣装が変わる
- 画風がシーン間でばらつく
- カメラ言語が繋がらない
- 物語の意図と出力がずれる
- 再生成するたびに別物になる
Flick はキャンバス内に編集ツールを組み込み、生成と修正を同じ場所で繰り返せる構造にしている。「プロンプトを入れて待つ」ではなく、「ノードを並べ、調整し、作品として整える」という反復作業の場所として設計されている。
700 以上のキュレーション済みスタイルプリセット、100 万件以上の古典映画シーンの参照ライブラリも用意されている。Residency やフィルムフェスティバル受賞作の制作プロセスは、再利用できるテンプレートとしてショールームに公開される。

参考: Flick ドキュメント / Flick 公式サイト
3. 複数の AI モデルを束ねる調整層として
Flick は自前で先端動画モデルを作るのではなく、複数のモデルをワークフローに取り込む調整層(オーケストレーション層)として設計されている。
Pricing ページには RUNWAY / KLING / VEO 3 / LUMA(動画系)や FLUX / MIDJOURNEY(画像系)が並ぶ。制作者はシーンの目的に合わせて使い分ける。
この役割には、実際の難しさがある。高品質な動画モデルはクレジットコストが高く、低コストの画像モデルはアイデア探索に向く。キャラクターの一貫性を保つためには、特定モデルと参照管理の組み合わせが必要になる。失敗した生成結果を次のプロンプトや参照に活かす仕組みも要る。Flick の価値は、モデルの数ではなく、制作者がこれらの選択を都度考えなくてすむ設計の精度にある。
現時点では、どこまでの抽象化が実現されているかは公開情報だけでは確認が難しい。ただ、モデル選択をユーザーに任せる設計からは、制作者がモデルを直接触りながら最適な組み合わせを学べる場を優先していることが読める。

参考: Flick Pricing
4. 料金と初期のビジネスモデル
2026 年 5 月時点の公式 Pricing では、Free から Enterprise まで 6 プランを設けている。
| プラン | 年払い月額 | クレジット / 月 |
|---|---|---|
| Free | $0 | 100 スターターのみ |
| Casual | $4 | 500 |
| Standard | $16 | 2,500 |
| Pro | $45 | 8,000 |
| Studio | $100 | 20,000 以上 |
| Enterprise | カスタム | カスタム |
Standard($16 / 月)から全モデルへのアクセスとキャラクター参照が使える。Pro 以上は優先サポートが付く。Studio と Enterprise には創業者への直接サポートやカスタムモデルトレーニングが入る。
クレジットの消費量はモデルによって大きく異なる。低コストな画像生成は数クレジットで済む。一方、Veo 3 や Kling などの高品質動画モデルは、尺・解像度・音声の有無によって数十〜数百クレジットを使う。初期に Studio / Enterprise を高額化し創業者サポートを前面に出しているのは、先行する制作者との直接学習を優先するためだ。制作ワークフローの実態を早期に取り込む狙いがある。
参考: Flick Pricing
5. 映画制作者のコミュニティを集客エンジンにする
Flick の集客設計は、広告ではなく作品と制作過程を中心に置いている。
2026 年夏の Filmmaker Residency では、選抜された制作者に早期アクセス・制作指導・無料クレジットを提供する。完成作品は公式ショーケースに掲載される。Cinequest Film Festival や MIT AI Film Hack への出品機会も含まれる。制作過程はテンプレートとして再利用できる形で公開される。
Creative Partner Program では、参加者に無料クレジット・早期アクセス・紹介報酬(30% コミッション)を提供する。条件は月 2 件以上の制作投稿と各種 SNS へのワークフロー共有だ。
この設計には役割の重複がある。作品は Flick の性能実証であり、制作過程は学習素材であり、テンプレートは再利用できる制作教材になる。Residency や映画祭での受賞実績は、参加者にとっての動機であると同時に、Flick の信頼根拠にもなる。

参考: Flick Filmmaker Residency / Flick Creative Partners
6. Runway、Google Flow との位置の差分
同じ「AI 映像制作」の文脈にいる競合との差分を見ると、Flick の立ち位置が分かりやすくなる。
Runway / Luma / Google Flow / OpenAI Sora は、先端動画モデルそのものに強みを持つ。生成品質・速度・コスト効率が競争軸で、近年はキャラクター参照や絵コンテ機能も取り込んでいる。Flick はモデル品質の競争には参加せず、これらのモデルを利用側として取り込む。
Adobe Premiere Pro / DaVinci Resolve は、プロの編集・カラー・音の現場で使われる。AI 生成との接続は別ツールになりがちで、Flick は企画・脚本・シーン設計から生成まで一貫して扱う点で異なる。
Pika / PixVerse / Hailuo は SNS 向けクリップの量産に向くが、複数シーンにわたるキャラクター一貫性を管理する機能は限定的だ。Flick は「短尺クリップではなく映画」という位置取りを明示している。
Flick のリスクも同じ構造から来る。Runway や Google がキャンバスやキャラクター管理を深く作り込むと、Flick の制作環境としての価値が問われる。モデルコストの上昇、長尺映像でのキャラクター一貫性の限界も課題として残る。

参考: Runway / Google Flow / Veo 3 発表 / Flick が $6M 調達(Business Wire, 2026/5)
まとめ:Flick を 6 点で整理する
- 課題設定が明確: 「8 秒クリップは作れるが映画は作れない」という AI 動画の空白を、制作ワークフロー全体で埋めようとしている
- Infinite Canvas が中心: 脚本・キャラクター・シーン・ショット・参照をノードで結び、非線形な制作思考に合わせた設計
- モデル提供者でなく調整層: Runway / Kling / Veo など外部モデルを取り込み、制作者がモデル選択を意識せず使える設計を目指す
- コミュニティが集客エンジン: Residency・映画祭・Creative Partner の三層で、作品と制作過程を集客と教育の両方に使う設計
- 先端モデルとの競合リスク: Runway や Google がキャンバス・キャラクター管理を深く作るほど、Flick の制作環境としての価値が問われる
- 堀はモデルではなく制作データ: キャラクター一貫性・ショット構成・制作テンプレートに制作者の選択が蓄積されるかどうかが中期的な差別化の軸になる
参考リンク
この記事は、調査・記事制作に特化したAIエージェントと、人の編集で作っています
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